「自分たちがパイプ役になる」―シンニチ工業が紡ぐ未来
■つくるパイプから、つなぐパイプへ
愛知県豊川市で大径薄肉パイプを製造するシンニチ工業株式会社。
ステンレス・鉄・チタンの板材を、お客様の用途に合わせて曲げ、溶接してパイプへと仕上げていく。
1970年の創業から積み重ねてきたものづくりを土台に、この10年は新しい挑戦を重ねてきた。
社内の仕組みを整え、社員自身の手で企業理念を作り直し、いまはスタートアップや学生、地域との「協業」に力を入れている。そのきっかけをつくったのは、投資銀行からUターンした「アトツギ」の木下雄輔社長だ。「社長の言いなりになっていたら生き残れない」と語る木下社長と、その変化を現場で受け止めてきた社員の皆さんに話を聞いた。
目次
■会社概要
会社名:シンニチ工業株式会社
代表者:代表取締役社長 木下雄輔
設立:1970年(昭和45年)9月22日
従業員数:57名
取扱品目:大径薄肉パイプ(ステンレス・鉄・チタン)の製造販売
事業所:本社工場・穂ノ原工場(愛知県豊川市)



■現場探訪
工場は、豊川市内の本社工場と穂ノ原工場の二つ。鉄用とステンレス用では機械が違うため、本社工場では鉄とステンレスを、穂ノ原工場ではチタンやステンレスを中心にパイプをつくっている。生産量は年間4,500トンほどで、そのうち6割ほどが自動車向けだ。
見てほしいのは、大きな径で、板厚の薄いパイプをつくっているところ。設備そのものは「結構シンプル」だというが、そのシンプルな設備で、つくりにくい領域のパイプをつくれていることが自慢だという。そのノウハウは、技術部や製造部の人たちが一緒になって、試行錯誤しながら積み上げてきたものだ。
現場では、他の部署が忙しければ作業の応援に行き、こちらが忙しければ来てもらう。協力しながらのものづくりが根づいている。
社屋づくりにも、シンニチ工業らしさが表れている。2022年から大学生と一緒に、食堂や事務所などのリノベーションを3回にわたって進めてきた。業者に任せるのではなく、学生のアイデアと力を生かしてつくったオフィスは、2026年に日経ニューオフィス賞の「中部ニューオフィス奨励賞」を受賞している。




■技術・製品の特徴:しわを出さずに、薄く大きなパイプをつくる
「大径薄肉パイプ」は、径が大きく、板厚の薄いパイプだ。板を丸めて溶接する際、しわがあるとうまく溶接できない。径が大きく板厚が薄いほどしわは出やすく、そこを技術と工夫で乗り越えている。JIS規格のサイズは大手メーカーが多く手がける領域だが、シンニチ工業がつくるのは、そこから外れたサイズのパイプだ。
素材ごとにも難しさがある。性質の異なるさまざまなステンレス、ステンレスより曲げにくいチタン、曲げにくく溶接もしにくい高張力鋼。条件の調整や金型の工夫を、挑戦しながらノウハウを積み上げてきた。JIS規格にない領域だからこそ、検査もお客様ごとに重視するポイントを聞き、測り方を相談して決めている。
技術的に難しい、量が少ない――。そんな理由で「最後の最後に、どこもやってくれなくて困っている」というお客様の相談を受け止めてきたことが、製品の軽量化やコストダウンにつながっている。用途は自動車、建機・農機、住宅の装備品、厨房機器と幅広い。身近なところでは、ゴルフカップにも使われている。
トンネル工事で使われる土木管では、薄肉化によって作業者が運ぶ配管を軽くし、現場の負担を減らした。

■社長インタビュー

木下雄輔 代表取締役社長
趣味:旅行、B級グルメ、カップラーメン魔改造、鉄道模型収集
「社長の言いなりになっていたら生き残れない」
― 会社に戻った経緯
木下雄輔社長がシンニチ工業に戻ったのは2016年9月、「アトツギ」としてだった。
それまでは投資銀行で、運輸や不動産といった大企業を相手に仕事をしてきた。
ものづくりとは縁のない業界から、会社の監査役として関わり始めたのは2013年頃。「そろそろ70近いので」という先代社長の言葉をきっかけに、副社長として入社し、翌2017年に社長に就任した。
― 戻ってまず驚いたこと
「帰ってきたら、会議室の予約が紙だった」と振り返る。社内の仕組みの古さに驚いたという。5人でミーティングをするにも電話でひとりずつ予定を聞いて回る。グループウェアもなければ、名刺管理も属人的だった。
「多くの日本企業が2000年代前半に終えていたはずのことが、まだ残っていた」。
就任から最初の3年間は、お客様先に顔を出す以外のほとんどの時間を、社内の「ハードの整備」にあてた。グループウェアや営業支援ツールの導入、社内に点在していた喫煙所の集約、生産管理システムやタブレット端末の導入――。異業種から来たからこそ、まず会社を知ることから始めた3年間だった。
― 社内でよく投げかけた疑問
社内のことを学びながら、木下社長が社員たちに投げかけた素朴な疑問があった。
「なぜこの会社は売上20億あるんですか」。
社員からは「うちの製品は高いと言われる。中国製の何倍、国内大手の何倍の値段がすると言われて、全然売れないんです」という答えが返ってきた。
けれど、実際には20億円を売り上げている。「理由があるはずだ」と、社内で議論を重ね、軽量化やコストダウンに貢献してきた事例を一つひとつ洗い出し、営業資料や会社案内、ホームページを作り直していった。製品そのものではなく、「お客様にどんな価値がもたらされるのか」を言葉にする取り組みだった。
― 企業理念について
ハードの整備が一段落すると、次は「ソフト」に目を向けた。
2020年、創業50周年のタイミングで着手したのが、社内の風土改革だ。大学時代のつながりで組織開発のコンサルタントに入ってもらい、企業理念を作り直すことになった。
ここでのルールは、「1文字も社長であるあなたが手を加えない」というものだった。
社長が手を入れれば、それは結局「社長が作った理念」になってしまう。社員15人ほどが手を挙げ、2年をかけて議論を重ね、2022年に新しい企業理念が完成した。「シンニチにしかできない価値ですべての人を幸せにする」。
合わせて、「挑戦・協奏・追求・貢献・誠実」という行動指針も掲げている。
― 社外活動に力を入れている理由
ここ数年、木下社長の活動範囲は社外へと広がっている。商工会議所や金融機関の経営者の会から始まり、いまはスタートアップ投資家のコミュニティや、ものづくり企業のネットワーク、アトツギのコミュニティにも接点を増やす。
スタートアップ企業や大学生などの「未来世代」に、自社の工場や設備を「実験台」として提供し、時には資金を提供することもある。
「出資はベンチャーキャピタルのようにお金を増やすことが主目的ではなく、リスクマネーや成長のための機会や出会いを提供することで、僕たちにしかできない価値を生み出したい」と話す。
社員が外部の取材に答えたりイベントに登壇したりする機会も、10年前はゼロだったのが、いまでは約10人にまで増えた。
「思った通りに全部が順調に進んでいるわけじゃない。皆、最初は恐る恐るやってくれていたと思う。でも社外が自分たちに目を向けてくれることへの喜びを少しずつかんじてくれていると思う」と木下社長は笑うが、その変化の背景にあるのは、「会社は社長のものではない、自分たち一人一人が当事者となり内発的自発的な動機で動かないと、会社は生き残れない」という想いだ。
■社員インタビュー

竹川千春 技術部次長 商品開発課担当次長
趣味:ウェイクボード
「苦労したものほど、記憶に残っています」
― 入社のきっかけとこれまでの歩み
学生時代から、車や電車など乗り物に関わるものづくりに興味があったという。就職先を探す中、工場訪問でアメリカに拠点があると聞き、海外で働ける可能性に魅力を感じ、入社を決めた。現場研修や生産技術課を経て、いまは商品開発課に所属。アメリカへの出張や、タイ・中国の拠点の立ち上げにも携わってきた。
― 仕事のやりがい
お客様のニーズに合わせたパイプを製品化し、量産につなげるのが主な仕事である。生産技術や製造、購買など、社内のさまざまな部署に協力してもらいながら立ち上げていくそうだ。やりがいを聞くと、「自分が担当したパイプが車に付いて、いろいろなところを走っている。外からは見えないけれど、日常で役立っていると感じられることがやりがいです」と教えてくれた。その中でも、苦労したものほど、記憶に残っているそうだ。
― この会社の好きなところ
「『やりたいです』と手を挙げれば、『どうぞやってみなさい』と言ってもらえるところ」と答える。海外拠点の立ち上げのときも、部署に関係なく手を挙げ、任せてもらったそうだ。新しい取り組みも、トップダウンで「やれ」と言われることはなく、「面白そうだよね」という声かけから始まることが多いという。
― 大切にしていること
開発の仕事は、現場の協力なしには成り立たない。だからこそ、ただ作業の指示をするだけでなく具体的にやりたいことを伝えるようにしており、挨拶やお願いの声かけを欠かさない。そこにあるのは、現場の人への感謝の気持ちだ。
― これから挑戦したいこと
いま取り組んでいるのは、自社の技術から新しい製品を生み出す「シーズ」の開発。
ものはできても、それが本当に売れるのかが問われる段階だという。
「四苦八苦しています」と笑いながらも、これまでやってこなかったマーケティングの知識を学び、いま開発中の製品を売上につなげていきたいそうだ。

加藤信也 製造部 穂ノ原ステンレス鋼管課 副班長
趣味:映画・アニメ鑑賞、音楽
「包み隠さずにやっている、オープンな会社」
― 入社のきっかけと、これまでの歩み
地元・豊川市の出身。入社のきっかけを聞くと、「正直、家から一番近かったから」と話す。高校を卒業した2007年に入社し、いまは穂ノ原工場でパイプの溶接を中心に担当している。親が大工で、小さいころからものをつくるのが好きだった。入社当時、仕事を覚えていく毎日は「ゲーム感覚」で楽しかったと振り返る。今年4月からは副班長として、班をまとめる立場も担う。
― 仕事のやりがい
これまでつくったことのない製品やサイズ、開発の試作がうまくいったときだという。
また、最近は社外に出る機会も増えている。ものづくり一筋だっただけに、当初は戸惑いもあったが、ここ1、2年で「変えていかないといけない」という気持ちに変わった。
社外との交流から反応が返ってくるのを見て、「やり続けることには意味があるし、いい方向に向かっているんだろうな」という。
― この会社のすごいところ
「お客様を第一に考え、短納期の仕事や少量の注文、初めて手がける製品にも、皆でやり切る体制があるところだ」と答えてくれた。
― この会社の好きなところ
やりたいことをやらせてもらえるところ。社長とも直接話ができ、上下の壁を感じない。希望すれば経営会議にも出られ、会社の数字まで包み隠さず共有される。毎月の全社朝礼では社員が持ち回りで司会やスピーチを務め、顔の見える関係が続いている。
― これから挑戦したいこと
「社外のイベントで会社の魅力を伝えながら、それを会社の利益にもつなげていけるようにしたい。職場づくりにも力を入れ、周りを巻き込みながら、一つずつより良い環境にしていきたい」と語る。

村田康浩 製造部 本社ステンレス鋼管課
趣味:旅行(ディズニー)、映画鑑賞
「何でも挑戦できる会社」
― 入社のきっかけと、これまでの歩み
小学生のころからパソコンのパーツを自分で組み立てるほど、ものづくりが好きだった。高校の電気科を卒業し、入社。決め手は「ものを作るのが好きだったこと」と「家から近かったこと」だという。最初はパイプの検査を担当し、いまは同じ部署でパイプの切断・加工を手がける。働き始めたころから「人がよくて、仕事内容も楽しかった」と振り返る。
― 仕事のやりがい
現場では、1日の生産量が決まっている中で、それより多くできたときや、作業を早く終えられたときにやりがいを感じている。また、今年力を入れていたのが、「おかしなサマースクール」だ。
業種の異なる企業が集まり、夏休み期間に子どもから大人までを対象とした学びのイベントを開く取り組みで、村田さんは自ら手を挙げて関わり、今年で2年目。「イベントに社内の人が来てくれたり、興味がなかった人も来てくれたりする。巻き込めている感じが面白いんです」と語る。
他にも、社内で立ち上げたチームで、会社のインスタグラムの発信も担っている。
― この会社の好きなところ
「何でも挑戦できるところ」だという。最近では、現場の社員が社外に出る機会も増えた。「現場だから外に出られないとか、営業や広報の人しか出られないというより、誰でも同じ平等なラインに立てるのはいいと思います」と教えてくれた。
― これから挑戦したいこと
CanvaやAIの活用だ。「現場にいると、どうしてもそっちの方面が弱くなる。他の人に追いつく、追い抜かすくらいのためには、やらないと意味がない」と語る。
■未来への挑戦
1970年の創業から2年後には薄肉の電縫鋼管を開発し、1986年に自動車向けのパイプ、1989年にステンレス、1998年にチタンのパイプと、素材と分野を少しずつ広げてきたシンニチ工業。いま取り組んでいるのは、パイプそのものに機能をもたせることだ。掲げているのは、「100の困りごとに、100のものづくりで応える」という考え方だ。
その第1弾が、小麦などの粉を運ぶ配管の困りごとに応えるパイプだ。粉が配管の内側に付着すると、詰まったり流れが悪くなったりし、清掃にも手間がかかる。そこで、粉が滑りやすい材料を使ったパイプの開発を、展示会で出会った企業と共同で進めている。お客様の要望と自社からの提案が、半分ずつ合わさって始まった取り組みだ。
他にも、社内では、パイプに関連しながらもこれまで手がけてこなかった新事業に挑むメンバーもいる。
また、ニッチな製品だからこそ、お客様に見つけてもらうために、インターネットや動画の活用にも力を入れ始めた。
動画: https://www.shinnichikogyo.co.jp/company/recruit/
これから見据えているのは、地域や次世代とのつながりをさらに広げていくことだ。関西発祥のオープンファクトリーイベントへも愛知県から初めて参加した。豊橋技術科学大学とは新しい産学連携プログラムを始める予定である。地元のロボットコンテストサークルや高校生向けプロジェクトなど、学生たちと直接交流する機会をつくりながら続けている。
「僕らにしかできない価値を提供したい」という木下社長の言葉どおり、ものづくりの会社でありながら、ものづくりの枠を超えた挑戦が、これからも続いていきそうだ。
■出会いたい人・企業
木下社長が繰り返し口にするのは、「みんなができることではなく、みんながやっていないこと」をやろうという姿勢だ。シンニチ工業が出会いたいと考えているのは、次のような人・企業だ。
- ・技術的に難しい、量が少ないなどの理由で、パイプの引き受け先が見つからず困っている企業
- ・パイプに新しい機能をもたせる開発を、一緒に進められる技術をもつ企業
- ・挑戦の機会を求め、前例のないことに一番最初に取り組みたい人・企業
- ・シンニチ工業の工場や設備を「実験台」に、新しいサービスや製品を試したいスタートアップや学生
- ・「パイプを使った噴水」「廃材を使ったブランド」など、ちょっと変わったアイデアを一緒にかたちにしてくれるパートナー
- ・他では出会えない挑戦を一緒に面白がってくれる人
■1分でわかるシンニチ工業株式会社

■MAKERS編集後記
取材を終えて、タイトルに掲げた「自分たちがパイプ役になる」という言葉が、製品と人の両方に重なって見えた。
薄く大きなパイプをつくる技術と、どこにも頼めずに困ったお客様の相談を受け止める対応力。その確かなものづくりを土台に、木下社長は次々と新しい挑戦を形にしていく。その推進力の大きさには、話を聞くたびに驚かされる。
一方で、社員の皆さんもまた、それぞれの持ち味を生かしながら、それぞれのやり方で会社を変えようとしていた。製造業というと、どこか硬く保守的なイメージを持たれがちだが、シンニチ工業にはそれとは少し違う、前向きでしなやかな空気がある。
先頭に立って道を切り拓く社長と、自分らしく行動を重ねる社員の皆さん。その両方に惹かれる会社だ。
有形のパイプをつくる会社が、人と人、社会と産業、今日と明日をつなぐ「パイプ」になろうとしている。シンニチ工業がこれからどんな出会いを生み出していくのか、楽しみだ。
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